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カテゴリ:book( 133 )

ウランバーナの森 | 奥田 英朗

e0012194_23445581.jpg偶然にもちょうどお盆の頃に『ウランバーナの森』を読んでました。お釈迦様の弟子の目連が餓鬼道で、逆さ吊りの苦痛に苦しんでいる母親を救おうとお釈迦様に相談したところ、僧侶の修行が終わる7月15日(旧暦)に、その僧侶たちに供物を捧げて供養しなさいと教えられて、ようやく救うことができたそうですが、その苦痛のことをサンスクリット語でウランバーナ、中国でこれが訛って盂蘭盆会(うらぼんえ)となり、さらに日本で簡略化されてお盆となったんだそうです。

この小説では、このお盆のオリジナルエピソードとジョン・レノン&オノ・ヨーコの軽井沢での生活が下地になってます。処女作なだけに、文体にも展開にもやや荒さが見られるものの、奇想天外な発想とそれを楽しんでみるかと思わせる、明るくて軽い文章は後の作品群に繋がってくることがよく分かります。

ただ、タオさんとジョンのやりとりを除くとあんまり好きではないかな。奥田さんのジョン・レノンへのトリビュートが強すぎて、読者である自分のイメージと衝突するのでどこかでわだかまりが残っちゃって楽しめない。あとがきで「彼を特定する固有名詞を出さなかった」としてるけど、ブラインとかキースとか出てきたら、どうしても「レノン」をイメージしちゃうでしょう。

ビートルズを知らないとそれはそれでおもしろくない気がするし、知ってると先入観が邪魔しちゃうし、この小説をおもしろいと思えるのはどんなタイプのひとなんだろう?
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by dlynch | 2008-08-29 23:43 | book

彗星物語 | 宮本 輝

e0012194_2333289.jpgあらためて宮本輝の少し前の小説を読んでみると、一歩引いた目線で淡々と情景を描写してるのに、行間からは妙に人間くさい印象を受けます。一つは関西弁だからだと思うんだけど、その辺はどうなんでしょう?ぜひ関西人の感想を聞いてみたいところです。もう一つは、こっちが肝心なんだけど、人の嫌なところもきちんと描いているからだろうなと。人は、日常的に失敗や行き違い、ときには誰かを妬んだりするもんだけど、小説になると意外にこの辺が描かれない。もちろん、ミステリーではそこが軸になるんだけど、どうしても劇場仕立てになってしまうので、日常からはかけ離れた印象になっちゃう。

そんなわけで久方ぶりの『彗星物語』。ハンガリーからの留学生であるボラ助を迎えた城田家の家族物語です。12人+1匹のキャラが立っているのがなんといってもいい。なかでも福蔵さんとフックの存在感が際だってます。フックの飼い方はいまの常識からすると良くいえば大らか、悪くいえばいい加減なんだけど、ま、そこは目をつぶっておくか。10年以上前の話だしね。

家族として迎えられたボラ助(命名は福蔵さん)を含め、全員が本音で接しているのが、見ていて羨ましい。文化や世代、状況による価値観の違いがあるのは当然で、そこら辺りを包み隠さず丁寧に描いているから感動するんだろうなぁ。最近、叱れない上司が問題になっていて、愛と論理で叱れば部下は聞いてくれるなんていいますが、最後の方でボラ助が晋太郎に叱られるシーンには論理はまるでなくて、それがなんだか痛快です。愛がたっぷりあればいいんだよね(でも、これは会社では通用しないか)。最後は愛犬家には反則です。

「さぁこれからだ」いい言葉ですね。
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by dlynch | 2008-08-13 00:00 | book

仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか | 山本ケイイチ

e0012194_033453.jpgそれなりに忙しいのに筋トレしてるオレってすごいでしょと誰かに言ってもらいたくて『仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか』を手に取ったことは否定しません。そう、自己満足のために読んでみました(と開き直る)。

結論から言うと、目標を明確にして、その目標を達成するための戦略を立てて、実行する。途中で経過を確認して、必要に応じて軌道修正する。大切なのは継続すること。途中で投げ出さないこと。これは仕事も筋トレも同じで、仕事ができる人は体力の自己管理もできる、逆に肉体的に強靱になることは仕事にも好影響であると、そういうことで、タイトルの命題が明かされるわけではありません。

本書のほとんどは筋トレの体系的な知識の習得に割かれていて、そこに筆者が自身のクライアントである経営層やエリート系のビジネスマンから得た経験を当てはめてるだけなので、別段目新しいことが書いてあるわけではないけど、ただ効果的な筋力増加法についてだけを指南している一般的な筋トレ本とは視点が違うのがおもしろいところかな。メタボを心配するビジネスマンのモチベーションにはなるんじゃないかと。そういう意味じゃこのタイトルもあってるか。

さて、明日はテニス。どうか雨が降りませんように。
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by dlynch | 2008-08-05 00:33 | book

クローズド・ノート | 雫井 脩介

e0012194_23493296.jpgエリカ様の「別に」発言で日本中を騒然とさせたのが懐かしいですね。女優の発言としていかがなものかと思うものの、ああいう場でああいう態度がとれる度胸はすごいね。だって、あれをやれっていわれてもできないでょ?フツウ。

そんなわけで『クローズド・ノート』。原作の方です。雫井脩介さんといえば、巧みな心理描写が冴えるミステリー作家という認識だったけど、こちらは真正面から取り組んだ恋愛小説。プロットをちょっと古めに、文体や会話をかなり軽めにしてるのは意図的なんだろうか?今どきこんな素朴な女子大生がいるのかなぁという疑問から始まり、なにやらそこだけ浮いている万年筆の説明、えっ?そういう理屈なの?という肩すかし気味なギミック、こっちが赤面しちゃう香恵ちゃんの挨拶などいろんなところに違和感を感じて、正直なところ今ひとつな印象でした。

ほのぼのとした、ハートフルな恋愛小説であることには異論はないんだけど、どうにも入り込めなかったのは、これって心が汚れてしまっているからなのかなぁ。もっとピュアな心根で素直に読んだら感動できるんだろうか・・。
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by dlynch | 2008-08-03 23:57 | book

国境の南、太陽の西 | 村上 春樹

e0012194_23333775.jpg『スプートニクの恋人』『東京奇譚集』と続いたおかげで、自分のどこかに火がついてしまったようで、成田の本屋さんで『国境の南、太陽の西』の文庫本を買ってしまいました。結局、アトランタでは本を読む時間は全くなかったので、読み始めたのは最終日の夕飯からなんだけど。

最初にこの本を読み終えたときのことはよく覚えてます。たまたま金沢に出張しているときで(2人は石川県に旅行に出かける)、雪がしんしんと降っていて(島本さんは雨と共に現れる)、喫茶店で読み終えたから(2人はジャズバーで再会する)。この微妙にズレてるシチュエーションがなんだかおかしくて忘れられません。

もう一つ印象に残っているのが、装丁のデザインと本文で使われている書体。とくに少し縦に長くて柔らかい感じがする明朝体が、文書になったときの行間のバランスも絶妙で、あれがタイポグラフィを意識した初めての体験でした(文庫版はダメダメです・・)

肝心の中身の方も、ストーリーも文体もいい意味でそれまでの村上春樹らしさが裏切られていて、この後にも先にもないメロドラマ風な展開はムラカミファンには新鮮。ハジメくんはそこそこに真っ当に生きている社会人だし、井戸に落ちたりすることもない。この本を誰かに説明しようとすれば不倫小説になってしまうけど、ここで描かれてるのは不倫に走る男女の心理ではなくて、喪失感のやるせなさとそれでも失った何かを埋めようとする性。現実なのに手応えが感じられないもどかしさ。そして「そうしないわけにはいかない」悲しさ。なぜだか『ノルウェイの森』とは違って、何度読んでもいつも同じ感想に行きつくんだよねぇ。
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by dlynch | 2008-08-01 00:05 | book

東京奇譚集 | 村上 春樹

e0012194_11352610.jpg今回の出張のテーマは読み返し特集ということで、次は『東京奇譚集』です。新刊で読んでから約3年という間隔なので、全体的な印象は変わらないものの、改めて読み返してみると『スプートニクの恋人』でそれまでの棚卸しをして、『海辺のカフカ』で再構築して、『アフターダーク』で実験して、『東京奇譚集』で遊んでみたって感じでしょうか。いい具合に肩の力が抜けてます。

一人称で語られる「偶然の旅人」にはハルキストの鼻の穴を広げるようなテイストが残っているものの、「ハナレイ・ベイ」の若者言葉や「どこであれそれが見つかりそうな場所で」のメリルリンチは今までにはなかった作風。古いファンはぜひ読みましょう(ファンならもう読んでますよね)。

お気に入りはやっぱり「品川猿」。とくにみずきが猿と対面してからの会話と展開が絶妙。猿、みずき、カウンセラー、土木課長、桜田くんのそれぞれの発言がおかしくて、やけに丁寧で古めかしい猿は言うまでもなく、土木課長と桜田くんの発言が劇団のコントを見てるようにおかしい。最後にはきっちり物語を締めてるし、短編の傑作です。これをベースに長編を書いて欲しいなぁ。
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by dlynch | 2008-07-20 11:36 | book

葡萄と郷愁 | 宮本 輝

e0012194_1037857.jpg最初に『葡萄と郷愁』を読んだのは15年くらい前。社会人になりたてほやほやの頃に読んだ記憶があります。

舞台となっているのは1985年の東京とブダペスト。ベルリンの壁が崩壊するのはこの4年後、JRが法人化するのが2年後なので(純子は国電で田町に向かう)、2008年の立場で読むと古い印象を受けます。最初に読んだときは古さを感じなかったから、これが年月なんですね。もっとも、こうしてアトランタのホテルからブログが投稿できるような現代では、国際電話を待つことも、電話以外のコミュニケーションの手段が手紙しかないこともさほど意味を持たないから、そのことを肌で感じられたときに読めたことは幸せだったかも。

時間にすれば僅か6時間の物語。同日同時刻に遠く離れた東京とブダペストで、それぞれ人生の決断に揺れる2人の女性を描いているわけですが、純子の悩みがよく分からない。どう読んでも、浅はかなJJ読者(読者の方スイマセン)、当時の言葉で言えば3高女そのもの。カムストック夫人が話したことはよく分かるんだけど、それは結果論だし、いまそこで村井に行くのは許せないんだけどなぁ・・。実は対するアーギの決断にも納得いきません。そこは振り切って欲しかった。
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by dlynch | 2008-07-20 10:51 | book

スプートニクの恋人 | 村上 春樹

e0012194_1833913.jpg中国オフィスに勤務しているスペイン系米国人と新宿の居酒屋で飲んでいたときに、日本の作家の小説がおもしろかったというので、よくよく聞いてみたら『国境の西、太陽の南』のことで、ムラカミ作品は本当に海外で評価されてるんだと実感しました。文学とは何の関係もないビジネスピープルの会話に出てくるくらいだから。

そんなわけで『スプートニクの恋人』。かの『ねじまき鳥クロニクル』と『海辺のカフカ』の間に上梓された、どちらといえば世間から評価の低い作品です。僕自身もほとんど記憶に残ってなくて、せっかくの沖縄なのでビーチで読み直してみようかなと。ムラカミ作品って、海辺で読むのにぴったりなんですよね。気怠い感触が合うんだろうか?

『海辺のカフカ』のインタビューの中で、『スプートニクの恋人』のことを「次の長編小説のための準備」として「これまで僕が使ってきた文体の総ざらえみたいなことを、ここでとことんやっちまおう」だから「物語という以前に、文体のショーケースみたいになっている」なんてことを述べてるわけですが、物語の軸は恋人の失踪とあちらがとこちら側、登場人物はモラトリアムなぼくとエキセントリックなすみれ、上品な(そしてどこかに影のある)大人のミュウで、井戸も猫も登場するし、料理のディティールも健在、そして文体という意味では、ムラカミ比喩のオンパレードと確かにこれまでの総ざらえのような小説です。

だから9年前の自分の記憶に残らなかったのかな。いま読み返してみると、前期:村上から後期:村上の(勝手に命名しました)ターニングポイントになる作品で、にんじんとのくだりはこの後のカフカにつながっていく感じがして、これはこれでおもしろかった。やっぱり村上春樹の世界だしね。

今回、一番感銘した比喩は「もちろん。この混じりけのない心を、そのままとりだして見せたいくらいだ」。うむ。
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by dlynch | 2008-07-14 18:07 | book

黒笑小説 | 東野 圭吾

e0012194_17620.jpg東野圭吾の魅力の一つは俗っぽいところでしょう。社会の圧倒的大多数を占めるサラリーマンや自営業の感覚に近いものがある。モテたかったり、妬んだり、有名になりたかったり。

それはエッセイの『たぶん最後のご挨拶』なんかにもにじみ出ていて、『黒笑小説』のとくに寒川先生が主人公の短編を読んでると窺い知れます。『黒笑小説』はそのタイトル通り、ブラックユーモアをテーマにした短篇集で計13編。どれも軽いので、お昼休みとか通勤途中なんかにさっと読めます。こういうお話を考えるのは、作家にとってはガス抜きなんでしょうね。

寒川先生シリーズも面白いけど、男的には笑えない「インポグラ」と雪穂ファンにぜひ読んで欲しい「シンデレラ白夜行」がお気に入り。インポグラ・・・マジに笑えない・・。
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by dlynch | 2008-07-08 01:12 | book

しゃぼん玉 | 乃南 アサ

e0012194_219429.jpg久しぶりの乃南アサは『しゃぼん玉』。暇つぶし的に読み始めたんだけど、これがおもしろい。読み終えたときはなんだか晴れ晴れした気分になりました。

帯の裏にあるように今どきのキレた若者が登場したときには(こいつが自分本位なヤツで実に腹立たしい)『さまよう刃』のように読了後にずーんと来るような重めの話を想像し、方言がきついおスマじょうと出会ったときには宮崎駿のようなファンタジーを想像したんだけど、実はとてもオーソドックスな人間再生のお話です。

もう人生の半分を東京で過ごしていて、でもまだまだ東京の豊富な情報量やスピード感を楽しめてはいるもの、日々の生活だけで疲弊してしまうのも事実で、実家に帰って虫の音しか聞こえない夜を過ごしているとこれが本来の人の生活だなとも思ってしまう。自分の場合、幸せだったのは入道雲と蝉時雨、オニヤンマの夏や稲刈りが終わった田んぼを飛び交うアキアカネの秋を実体験してから、いま都会にいるということ。東京で幼少期-青年期を過ごしてしまうと、夏ってただジメジメするだけの不愉快な季節にしか感じられないかも知れない。

話が脱線してしまったけど、「だから埼玉」で複雑な家庭環境を背景に過ごして来た翔人が、宮崎県は椎葉村のおスマじょうやシゲ爺と触れあうことで再生していく姿がなにやら眩しく、その村人たちの絶妙な距離感が心地よく、その距離感をさらっと描いている乃南さんの筆がこれまた絶妙なんて分析していたのも最初だけで、いつの間にか物語りに没頭し、最後の翔人の姿の凛々しいことったら。

誉めてくれる人、支えてくれる人、背中を叩いてくれる人、叱ってくれる人って大切だよね。
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by dlynch | 2008-07-04 21:09 | book